あの日
あの頃
我が町にあった兵器工場
「
火口廠物語、(かこうしょう)」
富田竹雄著
昨日のブログの公園は
元「火口廠」でした
地元の方が生々しい
記録を本にされています
写真は当時の地図です(拡大します、↓、公園位置を確認ください)
(公園)、今の市立図書館、福岡中学校、市役所、上野台小学校、元団地
道路の北には、郵便局、新日本無線、大日本印刷
全て「火口廠」でした、弾薬を造っていました
地図をよく見ると、B29が新河岸(川越市寺尾)に落ちています
昭和20年4月24日午前のことです
277ページには
読売報知新聞はこの状況を「川越市内で一機撃墜」という小さな見出しで
「・・・南方から埼玉県に侵入したB29の第一編隊は川越付近の山中に爆弾を投下、関東北部に向かったが被害はなかった。一機は我が防空隊の果敢な攻撃をうけ高階村地内に撃墜された」とある。
私たち火口廠にいた者および、近在の人々はこの光景を目の当たりにして、、、(中略)
282ページには
この時、しばらく止まっていた東上線の下り電車が上福岡から新河岸の駅に向かって発車したところ間もなくB29が墜落してくるのが見えたので途中で停車し、乗客全員は電車から飛び下りて避難したが、敵機が落ちたのがすぐ近くだという事で、避難した乗客はこんなことは滅多に見られないということで、それ行けとばかり全員が墜落現場へ行ってしまったのである。
昔、爆弾や鉄砲の弾を造っていた公園から、
世界に向かって、「愛」を叫びたい(●^o^●)
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